台風の影響もあり秋の長雨が続いている。
10月になると山行が3件予定されているので、
少しトレーニングをしなくてはならないのだが、ななかなか日程が取れない。
19日は丁度雨の心配が無かったので、羽黒山で足慣らしをしてきた。



山のトレーニングは ”山で” と言う合言葉がある。
またトレーニング量は、1ヵ月に累積標高2000M以上必要と言われている。
羽黒山の場合標高差が約270Mなので8回程度登らなくてはならない。
台風25号が通過した後は天気は安定するのだろうか。
この数日台風15号の影響で雨も良く降り、鬱陶しい日が続いている。
気分転換のハイキングにも出られず、
家の中に閉じこもることが多くなってしまい、ついつい溜息をもらしてしまう。
”溜息をつくと幸せが逃げてしまう”
など溜息はネガティブなイメージがあるが、
溜息もリラックスするための重要な行為らしい。
この件について ”AI” に質問してまとめてもらった。
溜息と深呼吸は、一見「ネガティブとポジティブ」対照的な印象を受けますが、
実はどちらも体を守るための大切なリセット反応です。

タイトル:溜息と深呼吸、実はどちらも「心身のリセットボタン」
「溜息をつくと幸せが逃げる」とよく言われますが、
自律神経の視点で見るとどちらも大切な役割を持っています。
深呼吸は、意識的に息を深く吸い込んで副交感神経を高め、
心身をポジティブなリラックス状態へ導く「前向きな調整」です。
一方、溜息は「逃避」ではなく「自動リカバリー」です。
ストレスや緊張で呼吸が浅くなり、酸素不足になった身体が、
無意識に息を大きく吐き出すことで血流を戻そうとする防衛反応なのです。
つまり、深呼吸が「意識的なメンテナンス」なら、溜息は「緊急の自動リセット」
どちらも固くなった胸や肺を広げ、
自律神経のバランスを整えるために欠かせない生命機能です。
溜息が出たときは「落ち込んでいる」と責めるのではなく、
「体がリセットしたがっているんだな」と受け止めてあげましょう。

毎日暑い日が続いている。
昨日庭で蝉の脱皮を見ることが出来た。
あまり大きくなかったので ”にーにー蝉” だと思う。
時間はお昼頃、脱皮の経過を写真に撮っていればよかったが、
外出しなければならなかったので、叶わず。
夕方5時頃帰った時には脱皮は終了して、抜け殻のみが残っていた。
地上に出た蝉の命は約1週間、鳥などに食べられず天寿を全うしてくれれば。
蝉の抜け殻の事を ”空蝉” 漢字を見ると ”からのせみ” そのままだ。
然し ”蝉の抜け殻” と ”空蝉” を比較すると、
前者はそのもので少しグロテスなイメージ
後者は情緒的で何か心が動くような感じがする。
何時頃から ”蝉の抜け殻” を”空蝉” と言うようになった?とAIに聞いてみた。
歴史は古く平安時代まで遡り、
当時の人々(貴族)は、 ”セミの抜け殻” を見て
無常観(はかない・むなしい)を感じていたらしい。
そして ”はかない・むなしい” を意味する ”空” を組合せ、
”空蝉” という漢字が作られたらしい。



7月19日 日光(足尾)と鹿沼に挟まれている、
薬師岳・地蔵岳・夕日岳をトレッキングしてきた。
歩行時間が6時間を超えるコース。
また天気は梅雨時らしい不安定な天気、
薬師岳から細尾峠までの下りは本格的な雨になり、
久しぶりにレインウエアーを着た。
前回のトレッキングで両脚が攣ってしまったこと、及び歩行時間を考えると、
少し厳しいかなと思ったが、
せっかく誕生日と重なったので、思い切って参加することにした。
スタミナ不足を思いっきり体験させられたが、参加して良かった。
然しこのスタミナ不足は何とかしなくては!

この登山道は約1,200年前日光開山の祖と言われる勝道上人が
修行に励んだ修験道の一部だと言われている。
鹿沼の古峰神社から中禅寺湖畔 総距離約16KM 一日で歩いたのだろう。


1ヵ月半ほどジムを休んでいたが、やっと再会できた。
原因は5月中旬のバスツアー後の腰痛。
2日間のバスツアー、現地まで片道約6H座りっぱなしが原因?
腰痛発生後しばらく様子を見ていたが、痛みが治まらないので6月5日から
整形外科で診察を受けた。
その後理学療法士によるマッサージを1週間に2~3回受けている。
無理をしなければ動かしても大丈夫という事なので、
あまり腰に負担がかからないような種目・負荷でトレーニング再開、
然しその間に参加予定していた山の会の山行が有ったが、
何かあったならば迷惑をかけてしまうので、
2回キャンセルせざるを得なかった。
ジムでは幼稚園児を対象に、
月曜日体操教室・金曜日バレー教室(球技ではない)が開かれている。
見ているだけで心が ”ほんわか” になってくる。
然しなぜあんなに元気なのだろうか? 声も大きい・動作も大胆
まさか演技をしているのでは?
自分がこの年齢当時どんなだったかは記憶にまるっきり残っていない。
なぜ? 少し調べてみたが、幼稚園児の年齢では脳の前頭葉がまだ未完成なので、
”楽しい” ”うれしい” などの感情を理性が抑えきれず、
この様な行動をとるらしい。
体操教室の様子をAIに4コマ漫画にしてもらいました。

話は少しずれるが、 ”迷惑老人” ”切れる老人” などが時々話題にあがるが、
これは認知症などで逆に前頭葉が委縮し、
その結果感情を抑えきれなくなってしまい、
この様な行動に走ってしまう事も多いらしい。
(こっちは身につまされるので漫画は無し)

5月16・17日のバスツアーで上高地を散策してきたが、
上高地と言えば ”河童橋”
なぜ河童橋と言う名前が付いたかについては、
芥川龍之介最晩年の小説 ”河童” 関連していると言われている。
小説 ”河童” の舞台も上高地を流れる梓川なので、
何らかの関係があると思うが、今回はこの問題ではなく、
上高地に牧場が有ったらしいという事。
小説 "河童" では
患者第23号が穂高に向かって登山をしていた時、
偶然 "河童" と遭遇しいつの間にか "かっぱの国" に迷い込んでしまい、
そこで起きた奇妙な体験が書かれている。
その中で "河童" が牛に行く手をを妨げられたというシーンが有るが、
なぜ上高地に牛?と言う疑問が湧いてきた。
そこで少し調べてみたが、明治時代 ”明神” から ”徳澤” にかけて
夏の期間牛・馬を放牧していたらしい。
明治18年頃から開墾が始まり
最盛期には約400頭の牛・馬が放牧されていたが
昭和9年に中部山岳国立公園に制定されてから
徐々に数を減らしていったらしい。
然し ”河童” の国への入り口はどの辺にあったのだろうか?
梓川は清流で有名だが当時は流れが今と違って、
河童淵と言われるような淵などが有ったのか。

今回載せた写真に ”神降地” と言う表現が有る。
これは穂高の神 ”穂高見命” を祭った穂高神社の奥宮が明神にあることから、
”神降地” 更にリゾート地らしい名前
”上高地” と言われるようになったらしい。