
5月16・17日のバスツアーで上高地を散策してきたが、
上高地と言えば ”河童橋”
なぜ河童橋と言う名前が付いたかについては、
芥川龍之介最晩年の小説 ”河童” 関連していると言われている。
小説 ”河童” の舞台も上高地を流れる梓川なので、
何らかの関係があると思うが、今回はこの問題ではなく、
上高地に牧場が有ったらしいという事。
小説 "河童" では
患者第23号が穂高に向かって登山をしていた時、
偶然 "河童" と遭遇しいつの間にか "かっぱの国" に迷い込んでしまい、
そこで起きた奇妙な体験が書かれている。
その中で "河童" が牛に行くてを妨げられたというシーンが有るが、
なぜ上高地に牛?と言う疑問が湧いてきた。
そこで少し調べてみたが、明治時代 ”明神” から ”徳澤” にかけて
夏の期間牛・馬を放牧していたらしい。
明治18年頃から開墾が始まり
最盛期には約400頭の牛・馬が放牧されていたが
昭和9年に中部山岳国立公園に制定されてから
徐々に数を減らしていったらしい。
然し ”河童” の国への入り口はどの辺にあったのだろうか?
梓川は清流で有名だが当時は流れが今と違って、河童淵と言われるような淵などが有ったのか。

今回載せた写真に ”神降地” と言う表現が有る。
これは穂高の神 ”穂高見命” を祭った穂高神社の奥宮が明神にあることから、
”神降地” 更にリゾート地らしい名前
”上高地” と言われるようになったらしい。




























